書評:青木茂准教授が書いた本
“南極海ダイナミクスをめぐる地球の不思議”

SUPERサイエンスシリーズ
C&R研究所、2011年7月初版、四六版・256ページ、1500円+税、ISBN978-4-86354-088-0

評者:大島慶一郎

本コースの青木茂准教授が上記の本を執筆・出版されましたので、ここに書評を書かせて頂きます。青木氏は、出身・専門は海洋物理学ですが、本コースのスタッフになる前は国立極地研究所の地学グループに所属していて、日本南極地域観測での昭和基地越冬も経験されてます。 海外の観測隊も含め延べ7回の南極海観測に参加したり、国際南極大学フィールドコースを中心になって進めたりと、様々な経験を持っています。この本はそういった青木氏の学際性がいかんなく発揮された本でもあります。前回の“よみもの”にもある通り、青木氏は日本の海洋物理学者では唯一IPCC第5次評価報告書の主執筆者も務めています。それもあって、この本では特に気候変動に関わるトピックスに関しては最新の重要な情報がくまなく正確にわかりやすく書かれています。評者自身も大変勉強になりました。それでは、具体的にこの本の紹介をいたします。

南極海では世界で一番重い海水(南極底層水)が作られ、それが全海洋の底層に広がっていくことで、海洋の一番大きな循環(熱塩循環)が作られます。一方、温暖化などの気候変動の影響は極域で最も顕著に出る、と言われています。北極海の夏の海氷の激減はよく知られていることですが、実は南極でも深々と変化が生じています。南極の棚氷や氷床の海洋への融解が増加していることがわかってきたのです。これによって底層水が低塩化して軽くなっていることも示唆されていて、将来熱塩循環が弱まってしまう可能性もあるのです。さらに、氷床の融解は水位の上昇をもたらします。このような変化が顕著になるのには数十年から数百年の年月を要しますが、地球全体の気候をダイナミックに変えるような大きな変化になる可能性があるのです。つまり長い時間スケールの地球の気候変動の鍵を握っているのが南極海なのです。本書はそういう南極海にスポットライトを当て、南極海を起点に海洋大循環はどうやって生ずるか、といった基本から、大気・氷床・生態系との関係といった学際的な視点を持って、最新の研究成果まで、わかりやすく解説した啓蒙書です。

この本はsuperサイエンスシリーズの一貫として、ビジネスマン等の一般の方向けの科学啓蒙書として出版されています。この本は一般の方はもちろんですが、海洋研究に携わっておられる方(大学院生も含め)に、ぜひ読んで頂ければ、とここに書評を書かせて頂いている次第です。本書は学際的な視点で書かれているので、どんな分野の方が読んでも楽しめる、読みやすい本と思います。また、科学に興味を持つ高校生・大学生などの若い方々に大いにお薦めの本です。実はこの本には、仕掛けがあって、関連するトピックスに合わせて、海洋の熱塩循環や風成循環のしくみや大気大循環・ミランコビッチサイクルといった、海洋学、気象学、気候学の基礎を式を使わずにイメージ図で学べる、という工夫がなされているのです。本書は、若い方に向けて、南極海を通して、海洋学、雪氷学、気象学、気候学へのいざない、にもなっているのです(著者もまだ十分若いのですが)。

本書の表紙には以下の喧伝文が書かれています。「世界の海の底を、冷たい海水が2千年もの時をかけて巡っている。この流れは地球全体の気候や生き物に多大な影響を与えている。この流れの動力源の一つ、南極海で、今、大きな変化の兆しが表れている。地球の未来を知る鍵は「南極海」が握っている!」 全編を読み通すと、けっしてこの文言が大げさなものではなく、今後の気候変動の鍵を握っているのは南極域や北極域である、という著者の熱いメッセージが伝わってくることでしょう。

なお、ネットで調べると、出版社によるこの本のサイトが以下にあり、クリックすると一部立ち読みできるようになっています。
http://www.c-r.com/mo_supnan.htm 
また、以下の成毛眞さんのブログにこの本の適切な紹介があります。
http://d.hatena.ne.jp/founder/20110909/1315527539

大島 慶一郎(北海道大学低温科学研究所)