シリーズ:氷がつくる海洋大循環 (3)

日本南極観測隊の話

2011年3月20日、当コース准教授の深町康さんと当コース大学院出身の小野数也さんが第52次南極観測隊の仕事から約4ヶ月ぶりに日本へ戻ってきました。2人は南極観測隊では「未知の南極底層水生成域を明らかにする」というテーマで参加していますが(写真1参照)、今回の読み物はサイエンスの話ではなく、「日本の南極観測隊ってどんなもの?」というお話です。正式には、日本南極地域観測隊(Japanese Antarctic Research Expedition)と言い、略称はJAREです。

写真1:日本南極観測隊による南極海での観測。
砕氷艦「しらせ」から南極底層水を捉えるための測器(係留系)を海中に設置しているところ。浮きのガラス玉(黄色のハットの中に入っている)の下にあるのが流速計(赤色がその矢羽)。海は結氷が始まっている。2011年2月28日、浅野圭吾氏撮影。

JAREは1956年から開始され途中3年間のブランクがありますが、50年以上続いています。今回の2人は夏隊での参加ですが、越冬隊での参加は1年4ヶ月に及びます。筆者も第32次の越冬隊(1990-1992年)でJAREに参加しました。当コースの青木茂准教授も第39次で越冬しています。日本のメインの南極基地は南緯69度、東経39度にある昭和基地です。昭和基地は南極でも他の大陸から離れた場所にあり、付近に航空機が滑走できる場所もないことから、航空機でのアクセスは難しく、船(砕氷艦しらせ:写真2参照)でのみのアクセスとなります。南極の夏にしらせにより昭和基地に着いて越冬すると、1年後しらせが来るまで日本に(他のどこにも)戻ることはできません。過去55年にそういう事例は一度もありません。

写真2:砕氷艦「しらせ」と南極昭和基地。
奥に点在する建物群が昭和基地。オングル島という小さい島にある。隊員、燃料、物資を運んできた「しらせ」は基地近くの海氷(定着氷)上に投錨する。2011年1月、中日本航空(株)浅野圭吾氏撮影。

大ヒットした映画「南極物語(高倉健主演)」でのタロ、ジロの話は実話で、第2次隊と第3次隊(1958−1960年)での話です。初期の頃のJAREは生きて戻ってこられる保障はない、探検的要素もあるものでした。しかし、今は文字通り「観測隊」で、「オゾンホールの発見」や「氷床コアによる過去72万年の気候変動の解明」など質の高い多くの研究成果をあげています。ただし、特に越冬して生活するためには、観測する人だけではとても隊は成り立ちません。昭和基地の越冬は30名前後で行なわれますが、様々な職種の方が隊員として参加することになります、医者、調理、機械、設営、通信 等々。最大勢力は気象庁で、毎年5名が隊員として参加しています。これ程様々な職種の方と1年余りにわたり寝食を共にするようなことは他ではないかもしれません。最近では、一部の隊員は一般公募により選ばれております。また、限られた人数なので、日本ではけっしてやらないような仕事を担当することにもなります。例えば私の場合だと、溶接、車両整備、観測そり作り、バーマスター 等々。

この50年、昭和基地での越冬生活も大きく変わりました。最も大きな変化は日本からの情報量で、大型アンテナの設置により、昭和基地では今や日本とほぼ同じインターネット環境にあります。最初の頃は電報でしか通信の手段はありませんでした。一方で、ひとたび昭和基地の外へ行くと、自然の厳しさは今も昔も変わりません。観測旅行に参加すると、マイナス30度以下にもなる雪上車や居住用そりで寝食をすることになります。南極越冬隊での1年間は、何年も圧縮されたような(かつ日本では得がたい)様々な経験を得ることになります。人生観も変わるかもしれません(少なくとも私は変わりました)。

日本のメインの基地・昭和基地は南極大陸にあるわけではなく、実はオングル島という小さな島にあります(写真2参照)。現在は越冬基地としては使用されておりませんが、南極大陸の上にも「ミズホ」「アスカ」「ドーム」という3つの基地を持っています。大陸といっても厚い氷(平均厚さ2400m)に覆われた大陸です。数年前にヒットした映画「南極料理人(堺正人主演)」はドーム基地での越冬の様子を題材にした映画です。

極域研究が売りの一つである当大学院コースでは教官3名の他に、コース(前身も含め)卒業生もすでに思いつくだけで5名の方がJAREに参加しています。今年の秋に、JAREでのタロジロにまつわる話がで木村拓也さん主演(地球物理学者の役)でドラマ化されるようです。JAREに興味のある方は見てみるとよいかもしれません。

2011年5月


「氷がつくる海洋大循環」、目次と今後の予定:

  1. 塩のさじ加減で決まる海洋大循環
  2. 世界で一番重い水、南極底層水
  3. 日本南極観測隊の話 (本号)
  4. 世界に冷たさを運ぶ南極底層水を計る
  5. 宇宙から南極底層水生成域を探る
  6. 未知の南極底層水生成域を探る
  7. 南極の氷は石けん、北極の氷はシャボン玉 −温暖化に脆弱な北極海−
  8. オホーツク海は北太平洋の心臓 −温暖化で弱まる心臓の働き−
  9. 温暖化でどうなる 氷河・氷床の行方 −氷床海洋相互作用の謎−
  10. 沈んだ水はどう湧き上る −混合の役割−