IPCC第一作業部会執筆者会議を行く
—研究者をめざす若者のための国際会議歩き方ガイド (マラケシュ編)—

2012年の4月16日から19日まで、IPCC第一部会の3回目の会合がモロッコのマラケシュで開かれた。

冒頭のプレナリーセッションの様子。今回はモロッコの国家気象局 (Direction de la Méteorologie Nationale)がホストを務めた。

IPCCの評価報告書は、2012年4月現在、第一次草稿(First Order Draft:FOD)と呼ばれる段階にある。主執筆者(Lead Authour)たちが書き上げたFODは、関心をもつ世界中の専門家へ公開され、ひとつの章に対して何千というコメントが寄せられている。中には当然厳しいコメントや鋭いコメントもあるが、主執筆者たちはそれらにすべてに対して答えをださなければならないのだ。特に、コメントを取り入れない場合はその理由を明示する必要がある。それぞれのコメントにどう対応するかを話し合うのが今回の会合の目的である。

この会合のメンバーとして、いままでの原稿を準備してきた主執筆者に、今回から査読編集者(Review Editor)が加わった。査読編集者とは、主執筆者たちが、コメントにきちんと対応しているかどうか、チェックする仕事にあたる専門家たちのことである。

一般の論文を書くうえでもそうだが、一番つらいのは専門家からのコメントに対応する、このリバイスのプロセスだ。最初に論文を投稿するときは、基本的には自分の考えたことを書けばいいわけだが、リバイスの段階ではそれがさまざまな角度から試される。IPCC評価報告書の場合には、すでにチームの中で互いにレビューもし合ってるわけだが、さらにそれを試される。このプロセスはなかなかタフである。逆に、ここを無事に乗り越えれば、結構見通しが開けてくる。なので、査読編集者の見守る中、次のバージョンを書き上げるためのかなり真剣なやりとりが続く。今回の会議で決めた方針に基づいて、コメントに対するレスポンスと第二次草稿(Second Order Draft:SOD)を書き上げていくことになる。

さて、今回の会議の開催地のマラケシュ。モロッコの古都だが、観光客も多く、いまでもエネルギッシュな街だ。札幌から、成田、パリと乗り継ぎ、途中フランスのツールーズで一泊して、ドア・ツー・ドアで約44時間かけて到着した。私自身は、南極観測船に乗るために南アフリカのケープタウンにいったことはあるが、北アフリカははじめてである。アラブ系のテイストも未経験。アフリカなのに結構寒い、遠くに雪をかぶった山が見える(アトラス山脈という4000メートル級の山々です)、いきなり限られた私の常識を裏切られる未体験ゾーンである。しかも、空港では預けた荷物がどこからでてくるのかわからないし、タクシーの運ちゃんだろうが市場の兄ちゃんだろうがモノの値段は必ず吹っかけてくる、生水にも気を付けないといけない、などなど注意ポイントが満載である。

   
アトラス山脈。写真で遠くからみると手稲山(編集注) とさしてかわらないじゃないかと思うかもしれないが、実際は富士山級やそれ以上の高い山々が並んでいる。     マラケシュ市街にあるクトゥビアの塔。街自体がユネスコの世界遺産となっているマラケシュのシンボル的存在。

時差ボケ対策としては、経度的にみればロンドンとほぼ同じ、それなら眠くなる夕方が勝負どころなはず。会議の時間は日本での活動時間とそれほど変わらないはずなので、この夕方をいろいろとがんばって現地時間の夜11時くらいまでは起きることにする。その時間に寝てもすぐに目が覚めてしまうが、そこも無理してでも現地時間の朝6時くらいまで寝る。そうこうするうちに、なんとかリズムがあってくるはずだ。

前回のブレスト(フランス)でも適用した以上の原則にのっとり、到着した日も、がんばって街を歩いてみた。いろんなジャンルの人につきまとわれて往生したが、これは想定内だし結構慣れてます(自慢じゃないけど)。モロッコではタジンという洋風(?)煮込み鍋が定番なので、街のカフェレストランでこれを頼んだ。こういうお店ではアルコール系はおいていないので、エスプレッソで牛煮込みを食べた。2日目には会議が始まり、さきほど述べたような突っ込んだやり取りがいきなり始まる。しかし、会議が終わると夜には同じ3章の面々で旧市街の広場沿いにあるレストランまで繰り出し、楽しく過ごした。やっぱりマラケシュって深い。

さて、3日目は夜に全体の歓迎レセプションがある日なのだが、なぜか今まであまり経験したことがないくらい頭が痛い。おまけに、ホテルの部屋の風呂場とトイレの電気がつかない。なにかおかしい。会議が終わった夕方、気が付いたらベッドでうたたねしていて、もうレセプションの開始時間を30分も過ぎている。それでも会場はホテルの中庭ですぐそこなので、あわてて会場に行く。イスラム教国ということからか、お酒はあまり大大的にはふるまわれていなかったので、しかたなくコーラを頼んで、情報収集に励んだ。さて、ちょっと夜も更けてきて、頭痛も治らないので、まあ今日はおとなしくしてるか、と部屋にもどって比較的早く寝た、、、はずが、その夜は頭痛に加えておなかまで壊し、電気のつかないトイレを離れられない(尾籠な話ですみません)。そういえば、さっきのあのコーラ、氷がはいってたぞ!(注) それでも会議ははずせないので、4日目の朝は青ざめた棒のようになりながらも会場に行く。なんとか会議はこなすものの、夕方部屋にたどり着くと、すぐにダウンしてしまった、翌朝8時まで。その夜にあったオフィシャルディナーには、残念ながら参加できませんでした、、、完敗である。

ということで、今回は仕事だけはなんとかしてきたが、完全に歩き損ねてしまった。体調不良の原因もすべてがわかったわけではないのでなんとも言えないが、反面教師としていえることは、やはり今回も健康(とバファリン)が第一! どなたか、私にマラケシュの正しい歩き方を教えてください。

(注) 今回の場合、事の真偽を確かめたわけではないが、氷は水道の水を凍らせてつくるという話もよく聞くので、これは結構注意。ちなみに、ふだん飲む水はミネラルウォーターで、水道の水は飲用には適さない。

2012年5月


(編集注) 手稲山:札幌の西に広がる山地にある秀峰。標高1023m。札幌オリンピックではスキー競技の会場になり、今も市民に愛されるスキー場がある。山頂にテレビアンテナ等多数の無線設備が設置されてることでも知られる。(でも、それに例えられるとわかる人は限られるのではないかと思います... ^_^ )


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