ハワイ大学滞在記

青木 邦弘

北海道大学の短期滞在プログラムを利用してハワイ大学を訪れました。ハワイ大学は、ハワイの玄関口でもあるオアフ島はホノルル市にあります。ホノルル市は世界有数の行楽地であるワイキキで有名ですが、ハワイ大学はそこから車で10分ほどの山側に位置するマノアというところにあります。マノアは大都会のすぐ隣にもかかわらず、山に囲まれた緑豊かな土地で、南国特有の植物が生い茂り、また、耳を澄まさずとも鳥たちのさえずりの聞こえる長閑な場所です。オアフ島の観光名所と言えば、ワイキキ、ノースショア、また最近ではカイルアが有名ですが、自然に関してハワイらしさを感じることのできるところはと聞かれれば、私は迷わずこのマノアをお勧めします。

ハワイ大学の正門付近の風景

ハワイ大学のキャンパス内の雰囲気は、北海道大学と大きく違います。まず目につくのが、学生の身なりです。北海道大学では特に定番化した服装というものはありませんが、ハワイ大学では、足はビーサンで、リュックを背負って、ロングボードに乗るというスタイルが実に多いです。食環境にも違いがあります。いくつかの大きなカフェテリア(食堂)があるのは、北海道大学でもお馴染みでしょうが、その他に、ハワイ大学ではワゴン販売が至るところ点在しています。もちろん、扱っているフードは各ワゴンで異なり、インド料理、中華料理、イタリア料理、ギリシャ料理と様々です。ここまでは、北海道大学になくてハワイ大学にあるものを紹介してきましたが、その逆もあります。ハワイ大学には、北海道大学のクラーク像のようなメッセージ性を持った銅像がありません。探せばあるのかも知れませんが、私は見つけることができませんでした。ただし、何か強いメッセージを感じさせるボードが、学生食堂の近くに飾られていました。ボードに描かれている筋骨隆々の男の人は、「青年よ、大志を抱け!」と言っているのでしょうか。

さて、私の訪れた先は、ハワイ大学にある国際太平洋研究センター (International Pacific Research Center;略称IPRC)という研究所です。海外なのに日本語名の付いた研究所というのに奇妙さを覚える方もおられるかも知れません。実は、IPRCは、日本海洋研究開発機構(JAMSTEC)と共同で運営されていて、日本と大変馴染みの深い場所です。IPRCでは、アジア・太平洋域を中心にした気候変動とその予測可能性についての研究、さらには,地球規模の気候変化が地域気候に及ぼす影響に関する研究が行われています。IPRCでの研究成果は、日本の気候や海洋に関する諸問題の提示あるいは解決に大きく貢献をしており、過去に日本の報道で取り上げられることも多々ありました。

日本の研究所と共同運営ということもあり、IPRCには日本からの研究者も大変多いです。IPRCには10人の日本人が在籍しており、これは全体の15%にあたります。IPRC滞在中、一度も日本人と出会わない日はありませんし、ひょっとすると、「Hello」よりも「こんにちは」を使う方が多いかも知れません。しかし、そんなに沢山いる日本人も、決してマジョリティーではありません。最も多いのは中国人で、次がドイツ人、そして、その次が日本人です。IPRCにおいてはこの3国が三大勢力をなしています。在籍者数だけで見れば日本人は3番目になりますが、私のような短期滞在の人を含めると、日本人が最も多いかも知れません。これ程までに日本人の多い研究所は、なかなか海外では珍しいのではないでしょうか。

カフェテリアの近くに飾られていたメッセージ性の強いボード

IPRC滞在における私の目的は、同研究所で海洋力学に関する理論的な研究をされているJ. McCreary教授と古恵亮研究員と共同で研究を進めることでした。私の研究は高解像度数値海洋モデルのシミュレーションによる黒潮続流の解析であったので、シミュレーション結果に理論的な解釈を与える上で、理論的な研究を専門とするお二人と共同研究をできたことは大変貴重な経験でした。共同研究は毎週一回の定例ミーティングをしつつ進めたのですが、たとえ数時間とはいえ、不慣れな英語でのディスカッションには大変苦労しました。ミーティングの他にも、週に3回、博士課程の学生を対象にしたMcCreary教授の講義も聴講しました。定例ミーティングは、この講義の直後に行うことが多かったので、休む暇なく激しい英語攻撃にさらされ続けることで、ミーティングが終わる頃には頭がくらくらしていました。時には、あまりの疲れのために、ミーティング中に舌を噛んだり、耳鳴りがすることもありました。

しかし、このような苦労した経験を通して、会話の際に自分の意見や考えを「すっきり」させることの大切さに気付きました。ここで言う「すっきり」とは、思考の中の物事の事実関係がはっきりとしている状態のことです。頭の中が「すっきり」していると、出てくる文章にも無駄がなく内容が明快です。これは私だけではないと思いますが(思いたい)、日本語で話すときは、文法も曖昧でかなり砕けた文章になっていることが多いです。自分がいかにデタラメな日本語を使っているかは、自分の声をレコーディングして、それを文章に書き写してみればすぐに分かります。日本人同士での会話なら、聞き手が適当に修正して聞いてくれるので、少々砕けた日本語を使っていても問題ありません。しかし、デタラメな日本語を英語に変換するのはかなり厄介で、対応する英語が無くて困ることがよく起こります。このような事態になるのは、自分の英語力が足りないからだけではなく、自分の思考が「すっきり」していないからであると私は考えています。

共同研究者とのディスカッション風景(左から,McCreary教授,私,古恵研究員)

最後に、ここまで読んで下さった方々にお聞きします:あなたにとって海外で生活することの良い点とは何でしょうか?自分の力を試すことができる、最先端の技術が学べる、雑務から離れられる、などなど人によって様々な意見があるでしょう。私の思う海外生活の良い点とは、自分の思考・知覚・行為を客観視できる点です。海外に出ることで、文化の違い、言語の違いなど、自分を取り巻く環境に何かしら大きな変化が生まれます。その環境の変化は、私たちの思考・知覚・行為に変化を生じさせます。私の場合は、不慣れな英語環境が思考の変化をもたらしました。自分を客観視する機会というのは、慣れ親しんだ環境から離れるほどに増えるでしょう。そして、海外生活というのは、そのような機会を与えてくれるアウェー戦の場なのです。もし、これを読んでいるあなたが、まだ海外に出たことがないなら、ぜひ行ってみてください。きっと、あなたにも大きな変化が訪れるでしょう。

最後になりましたが、私のハワイ大学滞在を支援して下さった「組織的な若手研究者等海外派遣プログラム」の関係者の皆様に心より感謝申し上げます。特に、当該プロジェクトの責任者の一人である北海道大学准教授 谷本陽一氏には、出国の準備も含め、様々な場面でご協力を頂戴しましたこと、ここで感謝させていただきます。

2012年7月