シリーズ:氷がつくる海洋大循環 (4)

宇宙から南極底層水生成域を探る

氷がつくる海洋大循環、2年ぶりになってしまいましたが、再開いたします。

第2回の話では、南極海では、世界で一番重い海水である南極底層水が作られ、それが世界中の深海に拡がっていき、世界を巡る大規模な海洋循環が作られることを述べました。この底層水の元となる重い水は南極海のどこでも作られるわけではなく、沿岸ポリニヤと呼ばれる海氷生産工場で作られます。沿岸ポリニヤは、風や海流によって生成された海氷が次々と沖へ運ばれ薄氷域が維持される海域で、ここでは大量の熱が大気によって奪われ、海氷が活発に生産されます。海氷が生成されるとき、海水の塩分の大半は氷からはき出され、塩分の高い重い水が作られることになるのです(ここまでは第2回参照)。従って、どこに薄氷域(ポリニヤ)があるかを検知し、そこでの海氷生産量がわかると、どこで重い水ができているかを推定することができます。ただし、冬季の沿岸ポリニヤの現場観測は、沖に厚い海氷が広がっているため非常に難しく、南極海のどこでどのくらい海氷や重い水が生成されているのかは全くわかっていませんでした。

南極域のような現場に行くことが困難な海域を広い範囲にわたって測るには、衛星での観測しかありません。ただし、南極は厚い雲に覆われている場合が多く、その下の海や海氷を観測するには、気象衛星「ひまわり」のような可視光や赤外線での観測では用をなしません。海氷の観測に威力を発揮するのがマイクロ波です。マイクロ波は可視光や赤外線に比べ波長が長い(センチのオーダー)電磁波で、雲があっても透り抜けることができます。

地表面にあるすべて物体は、微弱ながらマイクロ波を放射しており、開水面か、厚い海氷か、薄い海氷かによって放射されるマイクロ波の強度(輝度温度)や特性が微妙に異なります。この地表面から雲を透り抜けて放射されるマイクロ波を衛星に搭載されたマイクロ波放射計でキャッチすることで、海氷分布や薄氷域を検知することができるのです。実は、1973 年初めて人工衛星による放射計観測が行われるまで、全球で海氷分布がどうなっているのかは正確にはわかっていませんでした。現在では、衛星マイクロ波放射計により、毎日ほぼリアルタイムで海氷分布を見ることができます。特に2012年からはAMSR2(Advanced Microwave Scanning Radiometer 2)という日本で開発され打ち上げられた、最高精度のマイクロ波放射計が全球の海氷モニターを担っています(日本の衛星観測技術はこの分野では世界のトップにあるのです!)

そのような中、我々研究グループでは、地表から放射されるマイクロ波の偏波比(垂直偏波と水平偏波の比)が、厚い氷と薄い氷では異なることを利用し、薄氷(ポリニヤ)域を検知し、そこでの氷厚を推定する、というアルゴリズムを開発しました。これによって、毎日天候によらず、どこに薄氷域つまりポリニヤが出現いているかがわかることになります。さらに、薄氷の厚さがわかると、大気より奪われる熱を計算できます(氷が薄いほど多く熱を奪われます)。ポリニヤではこの奪われる熱量分、海氷が生産されることになります。

図4-1:人工衛星データ等による,南極海における年間積算海氷生産量の空間分布
[1992-2001年で平均:Tamura et al.(2008)を加筆・修正] 赤とオレンジの海域が海氷生産量が大きい海域。ロス海に次ぐ第2の高海氷生産領域が日本の南極昭和基地東方約1,200km(ケープダンレー沖)にあることがわかり,ここが未知の南極底層水生成域である可能性が示された。

このようにして、南極海での年積算の海氷生産量の分布(マッピング)を初めて示したのが図4-1です。海氷生産のほとんどが沿岸ポリニヤで行われていることや南極底層水の主生成域であるロス海のポリニヤで最大の海氷生産量があることなどがよく表現されています。注目されるのは、ロス海に次ぐ第2の海氷生産海域が、南極昭和基地の東方約1200kmにあるケープダンレー沖のポリニヤであることがわかったことです。海氷生産が高いということは、重い水を作りうるということで、我々は、この研究からケープダンレー沖が未知の南極底層水生成域ではないかと予想しました。

南極底層水の生成域は、ロス海・ウェッデル海・アデリーランド沖が3大生成域として古くより知られていましたが、底層での海水特性の分析から、東南極(60−80°E)にも生成域があることが近年になって示唆されていました。アメリー棚氷沖がその候補として挙げられていましたが(第2回の図2−2を参照)、決定的証拠は得られていませんでした。我々は、未知(第4)の南極底層水生成域は、アメリー棚氷沖ではなく、そのすぐ西にある海氷生産2位のケープダンレーポリニヤ沖ではないか、と予想したわけです。そして、それを明らかにするプロジェクトを立ち上げ、ついにそれを証明するに至ったのです(詳しい話は次回に)。今回は、「宇宙からの観測が、海洋の最底層の水の生成域を明らかにする」という話でした。

さらに詳しく知りたい方へ

図4-2:衛星合成開口レーダー(SAR)で観測されたケープダンレーポリニヤ。 (大きいサイズの画像)
白いほど後方散乱係数が大きい。白い筋状の列が新生氷(薄氷域)を示しており,100km×100kmに及ぶ最大規模のポリニヤ(薄氷域)が形成されていることがわかる。ポリニヤの上流(図の右側)には,氷山舌(緑で囲った領域)が形成されていることもわかる。ヨーロッパ宇宙機構のENVISAT衛星によるASAR画像。 Ohshima et al.(2013)を加筆・修正。

マイクロ波放射計の大きな難点は分解能が粗いということです。日本のJAXAが開発したAMSR2の分解能は89GHzの場合約5km、それまでのマイクロ波放射計SSM/Iの分解能12.5kmより面積にすると5倍以上の分解能を持ちます。それでも数kmから高々100kmのスケールである沿岸ポリニヤを捉えるには不十分です。高い分解能で海氷を観測するのに最も威力を発揮するのが合成開口レーダー(Synthetic Aperture Radar:略してSAR)で、おおよそ10−100mという高い分解能を持っています。SARは、放射計とは違い自らがマイクロ波を地表面に照射し、反射して返ってきた信号から地表面の情報を得る、というものです。毎日全球の観測が可能なマイクロ波放射計に対し、多くても数日に1回程度しか観測できないのが難点です。

図4-2がケープダンレーポリニヤを捉えたSAR画像の1例です。白い筋状の列が出来たての海氷(新生氷)を示しており、風によって新生氷が沖方向へ流され、100km x 100kmに及ぶ巨大なポリニヤ(薄氷域)が形成されているのがわかります。また、ポリニヤの東に黒い(散乱係数小の)定着氷域(陸から続く動かない海氷域)が存在することもわかります。これは座礁氷山群(白いパッチ)によって形成される氷山舌(緑で囲った領域)と考えられます。この氷山舌の存在が、風と海流により東から運ばれてくる海氷を堰き止めることで、巨大なポリニヤを形成する主因となっている、ことがこの画像から推定できるのです。

2013年6月


「氷がつくる海洋大循環」、目次と今後の予定:

  1. 塩のさじ加減で決まる海洋大循環
  2. 世界で一番重い水、南極底層水
  3. 日本南極観測隊の話
  4. 宇宙から南極底層水生成域を探る (本号)
  5. 未知の南極底層水生成域を探る
  6. 世界に冷たさを運ぶ南極底層水を計る
  7. 南極の氷は石けん、北極の氷はシャボン玉 −温暖化に脆弱な北極海−
  8. オホーツク海は北太平洋の心臓 −温暖化で弱まる心臓の働き−
  9. 温暖化でどうなる 氷河・氷床の行方 −氷床海洋相互作用の謎−
  10. 沈んだ水はどう湧き上る −混合の役割−