気候力学とは?

気象学あるいは海洋物理学は、大気もしくは海洋の流れや温度分布の平均的状態や変動を理解することを目的としています。それ自体、大変興味深い問題が多々ありますが、視野をもうちょっと広げて地球表層の自然環境を考えるとどうでしょうか。大気と海洋は海の表面で接しており、また陸面状態や海氷などという異なる要素との相互作用も存在します。これらを全て1つの系の中のサブシステムとして扱い、サブシステム間の相互作用が気候全体の振るまいをどのように決定しているかを調べるのが、気候システムの科学、あるいは気候力学と呼ばれる分野です。

気候力学は、したがって気象学や海洋物理学などの既存の学問分野の知識の上に成り立ちますが、それら個々の分野では重点的に扱わないサブシステム間の相互作用の解明が非常に重要です。気候力学自体はまだ若い学問分野なので、気象学などのように確固たる体系が確立していません。そこに難しさと同時に面白さがあるのです。気候力学の体系化を通じて、気候システムの形成・変動のメカニズムを解明し、気候予測に役立てたいと考えています。

気候システム

(左図)人間が直接感じることのできる地上付近の温度や湿度、目に見える降水・積雪などを含む気候の状態は、我々が直接には感じることのできないさまざまな要因から成り立っている。大気と海洋、海氷や土壌、植生などの地球表面の媒体は互いに独立ではなく、常に相互作用しながら1つのシステムとして現在の気候状態を形成・維持している。


現在の我々が知っている気候は、どこまで安定に存在し得るのでしょうか? 急激に別の気候へ変化してしまうようなことはないのでしょうか? こうした疑問に答えるのも気候力学の役目です。過去の長い地球の歴史には、現在のように極に氷がありつつ熱帯の海水温が30℃に達するという「バランスのとれた」状態とは大きく異なる気候も出現していました。例えば、全地球が白い雪氷で覆われてしまう「雪玉」状態などはその極端な場合です。

気候システムの駆動源は太陽からの日射です。太陽活動自身の変化に加えて、地球の公転軌道や地軸の傾きなども1万年以上の長い時間で見れば変化します。これらの要素が変化したときに、どのような気候が出現するかを考えることで、上記の疑問に答えることができます。しかし、気候システムは多くのフィードバックを含む複雑系です。同じ日射のもとでもとり得る気候の状態は複数あり、さらに日射の強さが単調に変化していったときに、ある気候から別の気候への急激な遷移が生じ得ることが分かっています。

気候の多重平衡

(右図)大気大循環モデルにおいて、太陽定数(日射の強さに比例する)を変化させて大気の平衡状態を求めた結果。縦軸は氷床境界の緯度で、さまざまな初期条件から開始した計算結果を示してある。たとえ太陽からの日射が一定でも、複数の気候があり得ることが分かる。青印は地球の全表面が氷で覆われた状態を、赤印は気温が上昇を続ける「暴走温室状態」を、また緑印は部分的に氷が存在する現在の地球のような状況を表している。


よく知られているエルニーニョ/ラニーニャは、気候システムの代表的な変動現象です。エルニーニョは熱帯の大気と海洋の相互作用によって生じるため、そのメカニズム探求には気象学者と海洋物理学者の協力が不可欠でした。1982-83年のエルニーニョから20世紀最大の1997-98年のエルニーニョまでの間に、集中観測や数値モデルを活用した研究を積み重ねて、大気海洋相互作用の分野は大きく発展してきました。これは、気象学あるいは海洋物理学の枠を越えるという意味で、まさに気候力学の第一歩です。現在では、エルニーニョ現象の予報システムも確立され、その基本的メカニズムはかなり解明されています。しかし、一方で、近年の温暖化でエルニーニョがどうなるか、また大気海洋の物理系と海洋生態系の相互作用の役割りなど、新たな疑問が次々と生じています。これらを解明するのはこれからの気候力学ということになるでしょう。

エルニーニョのシミュレーション

(左図)簡単な大気海洋結合モデルでシミュレートされたエルニーニョに似た気候変動の様子。(上)降水量(カラー)と海面の気圧(等値線)、(下)海面水温と海面風(ベクトル)。ともに、平均状態からのずれ(偏差)を描いており、赤道東太平洋で海面水温が高く西太平洋で降水量が少ないという典型的なエルニーニョ時の状況を再現している。画像をクリックするとムービーで御覧になれます(20MB)。